feeveraの想い ─ 生きづらさを抱えたわたしが、このブランドを始めた理由

― 心がほっとできる場所を、ひとりぼっちのあなたへ ―

こんにちは。

feevera(フィーヴェラ)を運営している、ゆら葉(Yura Ha)です。

このブランドは、ずっと安心できる場所がなかったわたし自身の経験から生まれました。

家にいても心が休まらず、気を張りつめたまま生きてきた、そんな過去があります。

自分の感じ方を責めながら、必死に耐えてきたあの頃のわたしへ。

そして、同じように「がんばることが前提になっている日々」を生きる、あなたのような誰かへ。

feeveraは、「自分をととのえる時間を、そっと思い出せる場所」でありたいと思っています。

がんばるより、深呼吸できる時間を。

ふりしぼるより、自分にやさしくする選択を。

そんな心の居場所を、わたしはこの場所でつくっていきたいのです。

「家にいても、心が休まらなかった」わたしの原点

わたしのストーリー

わたしは北海道の田舎に生まれました。

幼いころ、両親が離婚し、父と祖父母と一緒に暮らすことになりました。

父は、わたしが小さい頃はドライブに連れて行ってくれるような存在でしたが、わたしが小学6年生のころから引きこもりになり、冷たい態度をとるようになりました。

それから父とはほとんど話をしなくなり、友達が家に来るときは、父を隠すようにしていました。

父はやがて北海道を出て、出稼ぎに行くようになり、家にいないことも多くなりました。

口をきくこともほとんどなくなりました。

祖父は、建築士の一人親方として地域の家を建てたり直したりする、わたしにとって偉大な人でした。

けれど中学のころ、定年的な形で本格的な仕事を終えました。

祖母はやさしい人でしたが、過干渉なところもあり、わたしの部屋に突然入ってきたり、世代の違いからか怒って口をきかなくなることもありました。

兄弟がいなかったわたしは、その分、友達をたくさん作ろうとして、いろんなグループでコミュニケーションを取るようにしていました。

でも、気疲れする性格で、人に対して自分から怒ることはほとんどありませんでした。

周りからは「やさしい人」という印象を持たれていました。

進路と父の事故

音楽が好きだったので音楽関係の仕事や、ITに興味があったので情報系の学校に進みたいと思っていました。

でも「今の時代、大学を出ても就職できない人がいるからダメだ」と祖母に言われました。

親もまともに働いておらず、進学は現実的ではありませんでした。

進路が定まらないまま、高校時代を過ごしていたあるとき、父がお酒に酔ったまま焚火をし、腕を焼いて片腕を失う事故を起こしました。

祖母は詳しく話してくれませんでしたが、わたしにとって大きなショックでした。

このころから、自律神経失調症のような症状に悩まされるようになりました。

昼間に強い眠気があったり、朝起きられなかったり、動悸がしたりすることがよくありました。

公務員試験と心の崩壊

そんな中、進路として選んだのは、体力系の公務員でした。

卒業前の3か月間、必死に勉強して運よく試験を突破しました。

でも、入った学校の初日から、わたしの心と身体は限界を迎えました。

心臓はバクバクし、微熱や頭痛があり、顔がこわばり、すべてが苦痛でした。

わたしはすぐに逃げ出しました。

心療内科での経験

公務員を断念したあとのわたしは、本当に体の限界を感じていました。

胸が締めつけられるように苦しく、心臓が壊れてしまうのではないかと思うほどでした。

これから働くことも怖い。

未来を考えるだけで、頭が真っ白になる。

もう、何もかもがこわかったのです。

「このままじゃ生きられない」

そんな思いに追い詰められ、入院したいと思うほどでした。

体からは「もう休んでほしい」というサインが、何度も何度も出ていました。

それでも、生き延びるためにはどうにかしなくてはと必死で思い、わたしは自分で心療内科を調べ、隣町のクリニックへ行く決意をしました。

バスに揺られながら、不安で心臓がずっと早鐘を打っていました。

診察室に入ると、わたしは震える声で、自分の状態を必死に話しました。

高校生のころから、わたしは「眠い」が口癖のようになっていて、授業中も意識が飛びそうになりながら座っていました。

朝は体が鉛のように重く、起き上がるのもつらかった。

胸がドキドキして、息が詰まるような感覚も日常茶飯事でした。

「ストレスで心臓まで壊れてしまいそうなんです。」

わたしは、やっとの思いで打ち明けました。

でも先生は、わたしの話を最後まで聞き終わる前に、ため息をつき、冷たく言い放ちました。

「それはただの挫折だよ。とりあえずセイコーマートで働きなさい。」

わたしは、その瞬間、自分の苦しみも、恐怖も、必死の思いもすべて振り払われたように感じました。

「挫折」──たった一言で片づけられてしまったのです。

あんなに勇気を振り絞って訪ねたのに。

こんなことで、わざわざ隣町まで来て、お金を払ったのに。

すべてが無駄だったんじゃないか、と深い絶望に飲み込まれました。

それ以来、わたしは病院を簡単には信じられなくなってしまいました。

地元を離れて札幌へ

その後、地元で就職しましたが、家に父が存在しているだけでストレス反応が出てしまい、半年で限界を迎えました。

遠く離れたかったわたしは、札幌に出ることを決めました。

そもそも、こんな状態で社会で働ける自信がなかったわたしは、インターネットビジネスに興味を持ち始めていました。

「家で働ければ、自分の体調に合わせて働ける」と思ったのです。

でも現実は甘くありませんでした。

札幌で出会った人たちの多くはネットワークビジネスに関わっており、まともに交流できる人は少なかったのです。

それでも、たまに話を聞いてくれる人はいました。

なんとかアルバイトを始め、運よく住む場所を見つけ、少しずつ自分の生活を整えていきました。

支援員の道

そのころは、体調が少し良くなったと感じていたかもしれません。

わたしは「正社員として働きたい」という気持ちが湧いてきて、どうせ働くなら、人に直接役に立っていると実感できる仕事を探していました。

そんな中で見つけたのが、就労継続支援A型事業所の生活相談員の仕事でした。

面接に挑戦し、ありがたいことに合格することができ、働き始めることになりました。

この仕事は、比較的軽い精神障がいや身体障がいをお持ちの方々の職場生活の支援や、就職サポートを行う仕事でした。

送迎から、通信販売事業の現場での作業の采配、相談業務、経理や事務まで、幅広い業務に携わりました。

生活指導員と職業指導員を同時に行っているような感覚でした。

わたしなりに、この仕事を楽しくやれていたと思います。

他の職員の方々も、厳しい面はありながらも、やさしい人たちに恵まれました。

けれど、どうしても苦手な利用者さんがいて、わたしは自分の中に壁を作ってしまいました。

その相手を意識するようになるほど、勝手にストレス反応が起きるようになりました。

昔からのわたしの悩みです。自動的にストレスが強く身体に出てしまうのです。

仕事自体はやりがいがありましたが、最終的に声がかすれるほどになり、心身の限界を感じて退職しました。

それでも、あの職場で過ごした時間は、とても貴重な経験だったと今でも思っています。

ビジネスへの挑戦と挫折

その頃から、わたしは「自分でビジネスを作りたい」という思いを強く持つようになりました。

体調や気持ちが不安定な中でも、働き方を自分で選びたい。自分のペースで生きていける道を見つけたいと思ったからです。

2014年ごろ、ちょうどYouTubeが勢いを増してきた頃でした。

わたしは「地域活性化」と組み合わせて、地元のテレビ局のようなYouTube版メディアを作る活動を始めました。

その活動を通して出会った仲間に、中国輸入ビジネスを教わり、一緒に商品を輸入・販売することになりました。

売上も順調で、「これなら独立してやっていけるかもしれない」と希望を持ちました。

そこから、わたしは一人で新たな挑戦を始めました。

まずは絵本を仕入れて販売し、次にヨーロッパから子ども服を仕入れて、ネットで子ども服の店を開きました。

でも、うまくはいきませんでした。

ヨーロッパの服は仕入れ値も高く、日本での販売価格とのバランスが取れずに在庫が残りました。

絵本もなかなか売れず、利益にはつながりませんでした。

再び中国輸入に戻ると、再び売上が伸びる時期もありました。

だけど、良い経験ばかりではありませんでした。

販売した商品に不備があったり、輸入のトラブルに巻き込まれたり、ビジネスの厳しさを痛感することも多かったです。

でも、その失敗の中で、学んだこともたくさんありました。

こうした輸入販売の挑戦の中で、わたしが出会ったのが、天然竹のヘアブラシという商材でした。

それが、後にfeeveraを立ち上げるきっかけへとつながっていきました。

誠実な仲間に出会うこともありましたが、裏切られたと感じることもありました。

逆に、わたし自身が限界を迎え、相手を裏切る形で活動をやめざるを得ないこともありました。

相手に期待され、それに応えようと必死で動きましたが、わたしは勇気を出して手放す選択をしました。

一つ一つ手放しながら、「体は資産だ」と痛感するようになったのです。

心理学との出会い

「寝る以外はすべて仕事」という考えのもと、努力すれば必ず報われると信じて生きてきたけれど、現実は違いました。

体が健康でなければ、自分のビジネスを動かすこともできないと痛感しました。

わたしは昔から、コミュニケーションに自信がある方ではありませんでした。

でも、お人よしなところがあって、人からの相談に応えることは、どこか好きでした。

誰かの役に立てると思えることが、わたしにとってはとてもうれしいことだったのです。

「人生が生きづらい」という感覚を強く抱えるようになってから、わたしは、自分と同じように生きづらさを感じる人たちの役に立ちたいと考えるようになりました。

それが、心理カウンセラーという道に興味を持つきっかけでした。

「いつか、心理カウンセラーの資格を取って、誰かを支える力にしたい」と思うようになったのです。

本当は公認心理師などの国家資格を取りたかったけれど、大学に行かないと取得できません。

当時のわたしには、学費も生活も精一杯で、進学は現実的ではありませんでした。

だから民間の心理カウンセラー資格を取るしか道はありませんでした。

あるとき、資格講座のセール広告を目にして、「今しかない」と思い、すぐに受講を決めました。

その後、上級カウンセラー資格にも挑戦しましたが、こちらはなかなか難しく感じました。

わたしは、人と話すことにまだ自信があるわけではありません。

それでも、相手の立場に寄り添うやさしさを自分の強みだと信じています。

いつか、この力で誰かの助けになれたらと思っています。

札幌のいろいろな場所で、生きづらさに困っている人たちに寄り添うために歩き回ることも考えています。

わたしに需要があればですが──。

もし、今つらくて、お話を聞いてほしいと思う方がいたら。

こんなわたしでよければ、どうか遠慮なく連絡してください。

わたしは行きます。あなたの話を、ちゃんと聞きたいと思っています。

天然竹ヘアブラシとの出会い

当時、さまざまな天然竹のヘアブラシをフリマサイトで販売していました。

自分でブラッシングをしてみると、頭皮が固くなっていて、一般的な球体ピンのブラシでは気持ちよく感じませんでした。

だからこそ、シャープなピンのヘアブラシを使いたいと思い、同じ悩みを持つ人のために販売を始めました。

その頃、職場のストレスと向き合いながら、ストレスフリーな暮らしを提案する「リラックスコンパス」というサイトも運営していました。

そして天然竹ヘアブラシの心地よさと、ストレスフリーというコンセプトを掛け合わせ、「feelverre」というブランドを立ち上げました。

feevera誕生へ

最初は、天然竹のヘアブラシをつくるところから始まりました。

髪や頭皮をいたわるセルフケアアイテムを通じて、「少しでもほっとできる時間が届いたら」と願ってのスタートでした。

当時は「feelverre(フィールヴェール)」という名前で活動していましたが、商標の都合もあり、のちに「feevera(フィーヴェラ)」という現在の名前に改めました。

Amazonや楽天でも販売を続け、多くの方から温かなレビューをいただきました。

ヘアケアのブランドとしてそのまま成長させていく道もありました。

けれど、わたしの心の中にはずっと、「ほんとうに届けたいもの」がありました。

それは、かつてのわたしのように、生きづらさの中でひとりきり頑張っている人に、「大丈夫」と感じられる瞬間を届けることです。

売れるものではなく、ほんとうに役に立てるものをつくりたい。

そう思いながら、AIの力も借りて、何度もブランドの方向性を見直しました。

たどり着いたのは、HSPという枠にしばられず、「家でも心が休まらなかった人」に寄り添うセルフケアブランドとしての姿です。

feeveraは今、「生きづらさを抱えるすべての人」に向けて、“休めなかった過去”にやさしく寄り添い、安心を取り戻すサポート”を届ける存在でありたいと願っています。

今のわたしが伝えたいこと

わたしは今でも、自分が「失敗作」だと思ってしまう気持ちを、完全に消すことはできません。

生まれてこなければよかった、と感じる日もあります。

だから、子どもを持つつもりはありません。

自分のDNAを、ここで終わらせたいと思っているからです。

それでも、わたしには強く願うことがあります。

生きづらさを抱える人に、「それでも、生きていていいんだ」と伝えたいのです。

わたしは機能不全の家庭で育ちました。

家では常に空気を読み、ストレスをため込み続けた結果、体調を崩したこともあります。

人に気を遣いすぎるHSP気質のために、普通の生活ですら人一倍疲れてしまい、ずっと倦怠感を抱えて生きてきました。

それでも、親元を離れ、生きるために必死で自分なりに歩んできました。

親や環境に恵まれているうちは、何とか生きていけるかもしれません。

でも、わたしのように家庭でも安心できず、一人で生活を支えながらHSPの特性と向き合う人たちは、心も体も休まらずに苦しい思いをしていることが多いのではないでしょうか。

だからこそ、わたしはfeeveraを通して伝えたいのです。

「がんばる」よりも「ととのえる」暮らしを。

努力が必ず報われるとは限らないけれど、自分を大切にすることは、何よりも大事だと、わたしは信じています。

家庭でも職場でも安心できず、生きづらさを抱えながらも必死に生きている人たちが、少しでも息をつける居場所をつくりたい。

そして、自分を責めずに、心と体を休めるきっかけを届けたい。

それが、今のわたしが伝えたいことです。

生きづらさに名前がついたとき

「なぜこんなに疲れやすいんだろう」

「どうして、たった一言にこんなにも傷ついてしまうんだろう」

ずっと、理由のわからない生きづらさを抱えていました。

そんなとき、AIとのやり取りを通して「HSP」という言葉に出会いました。

「もしかしたら自分のことかもしれない」と感じるようになりました。

けれど同時に、HSPという言葉だけでは語りきれない苦しさが、確かにありました。

家の中でも気が休まらなかった過去。

ずっと気を遣い続け、何に疲れているのかさえ分からなくなっていた日々。

わたしのように、生きづらさに名前をつけられず、言葉にできないまま苦しんでいる人は、きっとたくさんいる。

今も、ひとりで抱えている人がいる。

だからこそ、feeveraは「ここでなら、少し安心できる」

そう感じてもらえる場所でありたい。

feeveraという名前に込めた想い

feevera(フィーヴェラ)は、「feel(感じる)」と「primavera(春)」を組み合わせた造語です。

春のようなやわらかい光や、あたたかく包みこむ空気──

そんな安心感を、PDFやプロダクトという形で届けたい。

北海道に住むわたしにとって、春は寒さと暑さのはざまにあって、ふんわりとした空気に包まれる特別な季節です。

やわらかな春風のように、そっと背中を押せるブランドでありたいと思っています。

よくいただくご質問(FAQ)

Q. PDFはスマホでも読めますか? → はい。スマートフォン・タブレット・PCなど、ほとんどの端末で閲覧できます。

Q. 印刷して使いたいのですが可能ですか? → 可能です。A4サイズで整えてありますので、ご家庭のプリンターでも簡単に印刷できます。

Q. 書き込めますか? → 書き込み式の商品は、印刷して手書きする、またはiPadなどでの書き込みが可能です。

Q. 商品をどう選べばいいか迷っています。 → はじめての方には「3点チェックリストセット」がおすすめです。朝・感情・気持ちの切り替えをまるごとカバーできます。

feeveraのこれまで

feeveraは、2020年に「feelverre(フィールヴェール)」という名前で誕生しました。

“春のような心地よさを日常に”をテーマに、天然竹ヘアブラシの専門ブランドとしてスタートしたのがはじまりです。

その後、2021年に現在の「feevera(フィーヴェラ)」へと名前を変更し、2023年3月には公式ホームページを公開。少しずつ、届けたい想いの輪郭が見え始めました。

2025年1月、ブランドは大きな転換期を迎えます。

「生きづらさを抱えている人の、心がふっとゆるむような時間を届けたい」

そんな想いから、セルフケアを軸とした方向へと歩みを進めました。

そして2025年6月。

かつて「家でも心が休まらなかった」わたし自身の経験を原点に、“安心がなかった人のための、心をととのえるセルフケア専門ブランド”として、feeveraは再定義されました。

言葉で整えるPDFツールや、感情にやさしく向き合う時間を届けるプロダクトを中心に、暮らしの中でそっと寄り添う、そんな存在を目指しています。

2025年5月23日には、BASEにて「feevera書店」をオープン。

静かに、だけど確かに、“誰かに必要とされるもの”を届けるための、新たな一歩を踏み出しました。

── 変わってきたのは「かたち」かもしれません。

でも、変わらないものもあります。

それは、「かつての自分に必要だったものを、今 誰かに手渡したい」という気持ちです。

その想いだけは、ずっとfeeveraの真ん中にあります。

― 生きづらさの中で、心をととのえる ―

feevera(フィーヴェラ)は、「心をととのえる時間」をそっと届けるセルフケアブランドです。

生きづらさを抱えているのに、家の中ですら心が休まらない──

そんな日々を過ごしてきた、わたし自身の体験が出発点になっています。

感情が乱れたとき

人間関係で傷ついたとき

夜になっても、緊張がほどけないとき

feeveraは、そんなときにそっと寄り添える「心の居場所」でありたいと願って生まれました。

わたしがfeeveraを通して届けたいのは、「かつての自分が必要としていたもの」です。

feeveraの目的(Purpose)

feeveraの目的は、「生きづらさを手放せる人を、少しずつ増やしていくこと」。

無理に前向きにならなくてもいい。

自分を責めてしまう日があってもいい。

でもその中で、「わたしは生きていていい」と感じられる瞬間を増やしたい。

そのために、feeveraは「がんばる」よりも「ととのえる」ことを大切にしたセルフケアを提案しています。

feeveraが届けているもの

たとえば、こんなPDFやツールをお届けしています。

  • 感情が乱れたときの整え方チェックリスト
  • 緊張が抜けない人のための、気持ちの切り替え習慣リスト
  • 心を落ち着ける、小さな趣味のヒント集

どれも、過去のわたしが「知っていれば、もっと呼吸がしやすかったかもしれない」と思うものばかりです。

涙が止まらなかった夜

眠れなかった朝

誰にも言えず、静かに気持ちを抱えていた時間

そんなときに、たったひとつでも「自分を受けとめる言葉」や「心がゆるむ行動」を知っていたら。

きっと、あの頃のわたしは、もう少し安心できたはずです。

feeveraのこれから

feeveraはこれからも、「生きづらさを抱えながらも、毎日をなんとか生きている人」のための場所でありたいと考えています。

今後の展開イメージ

  • 誰にも話せない悩みを、オンラインでそっと話せる対話の場
  • 同じ地域にいる人と、そばで一緒に考える寄り添いの場
  • 日常の中で実践できる、「自分をととのえる」WEBコンテンツ

どれもすべて、「安心できる居場所がほしかった、かつての自分」から生まれた構想です。

たとえ今の社会が、感受性の強さを「甘え」や「弱さ」と見なしたとしても、わたしはそれを、「人に寄り添う力」だと信じています。

争いや分断が多いこの時代だからこそ、やさしさを生きる力に変えていく。

その一歩を、feeveraは支えていきたい。

SNS・ショップリンク

最後にあなたへ

たとえ、家で安心して過ごせなかったとしても、あなたの心が壊れてしまったわけではありません。

小さな言葉に傷つき、空気に疲れ、“生きているだけでしんどい”と感じてきたのは、それだけ心が敏感で、やさしい証です。

その繊細さは、欠点でも弱さでもなく、本来とても尊い力だと、わたしは思います。

だからこそ、どうかすべてをひとりで抱え込まないでください。

ふとしたことで涙が出たり、眠れないまま朝を迎えたりする日もあるかもしれません。

でも、そんなあなたが安心できる場所が、ここにあることを忘れないでほしい。

feeveraは、「自分を責めてしまう心」にそっと寄り添い、少しずつ“休む力”を育てていく場所です。

がんばりつづけることよりも、ゆるめること。ととのえること。自分を大切にすること。

そんな毎日を、これからもあなたと一緒に育てていけたら、心からうれしく思います。

上部へスクロール